院長コラム:2010年10月分
2010年10月 5日
死を覚悟して真の人生が始まる
先日、新聞記事の読者相談欄に興味深い記事がありました。
相談者は22歳の学生さん。
『死ぬのが怖いから生きているの?』
『どうして人は死を恐れるのでしょうか?』
生き物の本能として生きることは判ります。
死んだら家族や周りの人達に会えなくなる、
まだ、やりたいことがある・・・
死にたくない気持ちがあるのも判りますが、
どうして『死』が怖いのでしょうか?
という問いでした。
朝日新聞5月31日朝刊Be <悩みのるつぼ>より
回答者は作家の車谷長吉さんです。
回答を要約すると・・・
この世の生き物は、すべて死にます。
しかし、いずれ自分が死ぬことを知っているのは人だけです。
これが人間の最大の不幸です。
死は存在の消滅です。
だから恐ろしいのです。
それを回避する道はありません。
人はいずれ自分に死が訪れることを知っていますので、
自分の死後も自分がかつて存在していた『あかし』を明示したいがために
芸術、哲学、文学等の作品をこの世に残そうとします。
それは太古の昔から今に渡って行われています。
回答者の車谷さんは自らが障碍者で障碍が治らないことで自殺を考えるほど、『死』について向き合って来ました。
楽になる道は自殺しかなく、
しかし、臆病なので、自死できなかったそうです。
そして、家族がいたので一生懸命に生きてきたということです。
車谷さんは・・・
人はある年齢に達すると、
自分にもいずれ死が来ることを、
はっきり覚悟する必要があります。
極端に言えば、
そこからはじめての真の人生が始まるのです。
この死の覚悟の無い人は、駄目な人です。
世の7割ぐらいの人は、
人生が始まることなく、
終了の日を迎えます。
そういう人を多く見てきました。
気の毒にとも思うし、
その方が良いとも考えますが、
どちらにしても、
人としてこの世に生まれて来たことには、
一切の救いはありません。
と結んでいます。
(本分抜粋)
相談者の学生さんは多分死の恐怖よりも生きる意味を質していると思います。
僕も数年前に原因不明の頭痛に長期間悩まされました。
その時のブログです。http://www.4180.jp/column/2008/04/post.html
その時にこのまま人生が終わってしまったらどうなるのだろう?
という恐怖に襲われたことがあります。
僕が死を意識し始めた瞬間です。
お陰様で、数年間続いた頭痛は改善しました。
その時の経験から
いつ死んでも良い様に、
後悔の無い人生を送ろう、
そして、何にでもチャレンジしてみようと思うようになりました。
昔から、生きる意味とは何かと
僕なりにいろいろと考えて来ましたが、
未だに結論がでません。
永遠に答えは出ないでしょう。
生きる意味を論じた多くの書籍を読みましたが、
人それぞれ、生きるスタンスが異なるので
これが生きる意味だ!という答えは無いでしょうし、
その時々で代わるような気がしています。
逆に生きる意味を模索するよりも
いずれ訪れる死を意識して生きていく方が
生きる意味を探すよりも楽かもしれないと思う今日この頃です。




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